こんにちは!
ご覧いただきありがとうございます。
パーソナルピラティススタジオ「ピラティスHIRO」のヒロエです。
現在57歳(2026年現在)
運動指導歴は24年目になります。
そして、これまでに延べ178,000人以上のお客様の体づくりをサポートをしてきました。
お客様からよく
「50代後半には見えない!」
「姿勢が本当に綺麗ですね」
と言っていただくことがあります。
でも実は私、もともと運動経験ゼロ、
ぽっちゃり体型、そして極度の人見知り。
とてもインストラクターになるようなタイプではありませんでした。
今日は、そんな私が
なぜピラティスインストラクターになり、
スタジオを開くことになったのか。
少しお話させてください。
HIROE -ヒロエ-

名前:Hiroe
血液型:B型(大雑把だけど繊細)
出身:福岡県
家族構成:同級の夫としっかりものの長女
好きなもの(こと):ミュージカル観劇♬
苦手なもの(こと):ネット環境のいろいろ
将来の夢:死ぬ直前までピラティスを出来る事
推している人:望海風斗さん(ミュージカル俳優)
幸せを感じる瞬間:ミュージカルを観ているとき
オススメの近所のお店:南風台の仙石(居酒屋)、パティスリーKatsumi(ケーキ屋)、ろわぶー舎(雑貨屋)
人見知りで運動が苦手だった子供時代
子供のころの私の遊びといえば、
木登り、川でザリガニ釣り、虫取り、ボールの壁当てなどなど、なかなかのお転婆な女の子でした。
しかし、運動は大の苦手。走ってはビリ。ドッチボールをしてもすぐに当てられる。
そんなドンくさい面もあり、お世辞にも運動神経がいいというタイプではありませんでした。

極めつけが、人見知り。
特に、初対面の人には人見知りを発動し、
言いたいことも言えず。
よくお腹が痛いといっては、
保健室に駆け込んでいました。
また、給食を食べるが遅く、
「早く食べて!怒」
という同調圧力に、
泣きながら給食を食べていたのを覚えています。
そんな私がまさか
人前で体を動かす仕事をするとは、
当時の私からは想像もできません。
思春期のぽっちゃりコンプレックス
中学生になる頃には、
体型へのコンプレックスも強くなってきました。
中学生といえば成長期。
伸長も体重も大きくなるのが普通の事ですが、
身長は伸びないのに体重だけが増えていき、
体重が増える事に対して
過剰なほど神経質になっていきました。
「お肉は悪!食べなければ、痩せる」
そんな間違ったダイエットを繰り返し
野菜ばかりを食べては、
結局お腹が空いて、お菓子をつまみ食いする。
そんな生活を繰り返していました。
そして高校生になり、
運動部の同級生に混じって、早弁したり
帰りのコンビニでアイスを買い食いするという
太る習慣を繰り返し、とうとう
153㎝ー52㎏
の大台に乗ってしまいました。

当然、制服はピッチピチです。
制服のスカートのホックを飛ばしたこともあります。
運動も苦手で、自分の体形にも自信がない
そんなコンプレックスの塊でした。
気づいたらマイナス8キロに
社会人になり、会社の福利厚生でスポーツクラブに通い始めました。
そこで出会ったのがエアロビクスです。
まだ、エアロビクスが全盛期の平成初期。
クラブのスタジオの中はキラキラしていて、
最初はとても緊張したのを覚えています。
人見知りの私は、
「ひとりで行って、ひとりで帰る」
そんな通い方をしていました。
それでも、週3回のペースで通い続けていくうちに
少しずつ体重が落ちていき、気づいたら44㎏に!
体重が落ちた事も嬉しかったですが、
「体を動かすって、こんなに楽しいんだ!」
と人生で初めて、体を動かす楽しさに目覚めました。
インストラクターへの転身
エアロビクスに夢中になって8年が経った頃、
大好きだった先生から
「インストラクターになってみない?」
と声を掛けられました。
でも、その時の私は
(私がインストラクターだなんて、馬鹿にされるかもしれない)
と思い、その道は諦めました。
しかし、心のどこかでずっと気になっていたのも確かです。
その後、夫が転勤になり熊本へ引っ越すことになりました。
知らない土地なら挑戦できるかもしれない。
と、ふと勇気が湧いてきたのです。
私は「石橋を叩きすぎて割ってしまう」ほどの
リスクを恐れる慎重派ですが、この時は思い切って養成スクールに通う事を決意。
インストラクターへの一歩を踏み出しました。
そして、2002年、エアロビクスのインストラクターとしての活動をスタート。

その後も
・アクアビクス
・ステップエクササイ
・ヨガ など
様々なカテゴリーを学び、経験を積んでいきました。
ありがたい事に、
エアロビクスのインストラクター養成の講師を任せて頂く機会にも恵まれました。
人生を変えたピラティスとの出会い
ピラティスとの出会いは2005年。
最初は、地元のスポーツクラブでスタートした
ピラティススクールでした。
すぐに、私はピラティスの魅力に虜になり
ピラティスのインストラクターになろうと決意をしました。
ところが最初のころは、ピラティスで正しく動く事が出来ませんでした。
・ロールアップで起き上がれない。
・骨盤をコントロールできない。
・アウターばかりを使ってしまう。
「背骨をひとつひとつ動かして」
という講師の指示にも、ちゃんと出来てるのかさえわからない状態でした。
だからといって、
「諦める」
という選択肢はありませんでした。
とにかく練習、練習、練習あるのみ。
夢中で学び続けて2007年にポールスターピラティスの資格取得。
その後も、お客様に教えながら、自分の体に落とし込んでいくうちに、
「あっこういう事か!」
と、体で理解できる瞬間が増えてきたのです。
パーソナルスタジオを作った理由
長年、スポーツクラブで大勢のお客様へ向けて
グループレッスンを行ってきました。

教える事はとても楽しくやり甲斐のある仕事でしたが、
と同時に、ずっと抱えているジレンマがあったのです。
「グループ指導だけでは、お客様の悩みを根本から解決してあげられない。
もっと個別にお客様に体にアプローチ出来れば、きっと良くなるのに。」
そんな思いが強くなっていきました。
「まずは、自分の為にマシンを購入しよう!」
これが足がかりとなり、マシン購入から1年後の2022年11月
自宅の一室を利用して小さなピラティススタジオをオープンさせました。

最初は、誰も来ない日もありましたが、
今では20代~70代まで、幅広い年齢層の素敵なお客様に
通って頂いています。
75歳の看板娘のお客様は、驚くほど若々しく元気いっぱいです。
自分を変えるのは、小さな一歩と習慣化
運動経験ゼロで、間違ったダイエットを繰り返し、自分に自信を持てなかった私が、
〝小さな習慣〟を積み重ねることで、今の体を健康を手に入れる事が出来ました。
私が20代の頃から続けている事、それは
・毎日体重計に乗る事。
・無理のない範囲で体を動かすこと
そんな小さな日常の習慣です。
「激しい運動は苦手だけど、体力をつけたい。体型を変えたい」
「新しい事を始めるのは、少し怖い」
「年齢を重ねても、若々しく綺麗な姿勢でいたい」
もしも今、そんな風に思っているなら、ぜひ一度
【ピラティスHIRO】へお越しください。

〝石橋を叩いて渡らない〟程の慎重派で、人見知り。
そんな私だからこそ
最初の一歩を踏み出す不安なお気持ちに、
誰よりも優しく寄り添うことが出来ます。
あなたが「一生付き合っていく大切なご自身の体」を
もっと快適なものにするために、私が全力でサポートいたします。
スタジオで、あなたとお会いできる日を
心から楽しみにしています。

※2023年に発売されたDVD。アシスタントとして出演させて頂きました。
経歴・資格
<現在までの指導履歴>
・スポーツクラブルネサンス(熊本・福岡香椎・福岡春日)
・コナミスポーツクラブ(熊本)・セイカスポーツクラブ(鹿児島)
・エブリディフィットネス(福岡糸島)・スタジオヨギー(福岡天神)
・ピラティスラボ福岡・アクトスWilG(箱崎・福重)
・福岡市主催介護予防教室講師
<保有資格及>
・健康運動指導士
・ポールスターピラティスコンプリヘンシブ
・Fusion Pilates(妊産妊婦向けピラティス)
・Pfilates(骨盤底筋群ピラティス)
・側弯症ピラティス
・大阪国立がんセンター認定ガン専門運動指導士
・コネクターピラティス
・社団法人アロマ環境協会認定アロマテラピーアドバイザー

